『仏文和訳法』を読む(例文111)
山田原実 著『仏文和訳法』,大学書林,1949. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1704262
を読んでいます。
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第二章 動詞
2. 動詞と補語の関係 (イ)数的関係 一つの動詞が常に一つの補語を持ち、一つの補語が常に一つの動詞に関係するとは限らない。場合によっては、一つの動詞が数個の補語を持ち、反対に、一つの補語が二つ以上の動詞に関係することがある。 |
今回も↑の続きです。
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[例文111] Ainsi la philosophie sociale nous invite à nous souvenir sans cesse que nous ne sommes pas seulement, dans nos écoles, des individus formant des individus : nous représentons, nous sommes vraiment la société, la société d’aujourd’hui préparant la société de demain. C’est à dire que nous ne devons pas tenir uniquement compte, pour la direction de notre enseignement, des besoins et des tendances de l’individu. [語句] inviter qn. à~ある人を誘って~さす représenter~~を代表する [訳] したがって社会哲学は我々をして、我々は我々の学校においては唯にいくらかの人間を作る人であるばかりではないということを、絶えず思い起こさせる。すなわち我々は、社会、明日の社会を作る今日の社会を代表している。否、我々が実際その社会である。すなわち我々は我々の教授の方向を指導するために、個人の要求と傾向とだけを斟酌してはならない。
※『新しい仏文解釈法』(山田原実著、島田実増訂、大学書林,1963) では、représente を「~を表現する」と解釈したうえで、以下のように訳されています。 ///////////////////////////////////////////////////// それゆえ、社会哲学はわれわれに、たえず、学校におけるわれわれは単に個人を形成しつつある個人であるにとどまらず、われわれが本当の社会であるということ、明日の社会を準備しつつある今日の社会であり、その表現であるということを思いださせる。このことは、われわれが教育の指針において、もっぱら個人の欲求や性癖のみを考慮に入れるだけではいけないということである。 |
◯今日の要点。
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2. 動詞と補語の関係 (イ)数的関係 一つの動詞が常に一つの補語を持ち、一つの補語が常に一つの動詞に関係するとは限らない。場合によっては、一つの動詞が数個の補語を持ち、反対に、一つの補語が二つ以上の動詞に関係することがある。 |
例文111の
nous représentons, nous sommes vraiment la société, の部分で、
la société が 最初の動詞représentons の直接目的補語であり、2番目の動詞sommes の属詞として働いていて、「一つの補語[ここではla société]が二つ以上の動詞に関係」することがある。ということです。
今日は以上です。
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